圧痛を考える

圧痛を考える
著者:aneero

【はじめに】
近年カイロプラクティックの効果に関して、大きな変革を向えているように思う。創始では解剖学的にサブラクセイションを考えた時代があり、アメリカでは早くから検査方法として、レントゲン像による診断を導入し、カイロプラクティック教育の中にもレントゲン学の占める割合が大きかった。その後生体力学的、動力学的な見地からサブラクセイションを考えた時代に移り変わり、モーションパルペーションなどの可動性を重視した検査方法が持てはやされた。その際、アメリカでモーションパルペーションの概念、技術が遅れたのは、レントゲンに頼りすぎたためだ、とも言われた。
そして現在は神経学である。最新の考えでは、カイロプラクティックアプローチは脳の機能を賦活し、脳の機能が活性化される事によって身体の機能を正常化させると考え、従来カイロプラクティックで扱う疾患だけでなく、様々な難治疾患への可能性をも提示している。

【ゲート・コントロール理論】
一方、神経学的な捉えかたの中でも、Melzack&Wallによる「ゲートコントロール理論」は、痛みの抑制機構として業界内外を問わず支持されている。要は下の表にあるように、Ⅲ(Aδ)Ⅳ(C)のような細い痛覚線維の興奮が、脊髄後角膠様質に到達した時に、Ⅱ(Aβ)のような太い神経線維を刺激すると、Ⅲ(Aδ)Ⅳ(C)からの痛みの伝達が遮断されると言う考えだ。神経伝達速度は軸索の太さに依存するので、神経伝達速度の速い線維が最優先で伝達されるとも考えられる。
カイロプラクティックでは主に関節包靭帯や筋紡錘、ゴルジ腱器官を刺激する事によって、Ⅰ~Ⅱ線維を刺激し、Ⅲ(Aδ)、C線維を抑制する作用が働く。

求心性神経線維の種類

種類 直径
(μm)
伝導速度
(m/sec)
支配と機能 関節受容器
Ⅰa(Aα) 12-22 65-130 筋紡錘 (筋紡錘)
Ⅰb(Aα) 12-22 65-130 ゴルジ腱器官 TypeⅢ型
Ⅱ(Aβ) 5-15 20-90 圧覚、触覚、振動覚 TypeⅠ型
TypeⅡ型
Ⅲ(Aδ) 2-10 6-45 温度覚、速い痛覚 TypeⅡ型
TypeⅣ型
Ⅳ(C) 0.2-1.5 0.2-2.0 遅い痛覚、内蔵感覚、温度覚、粗大触覚 TypeⅣ型

参考
系統別・治療手技の展開 改訂第2版
共同医書出版社

これがカイロプラクティック・マニュプレーション効果の一つとして提唱されている訳である。

更に他のシステムが作動し、疼痛抑制を行っている。これは内因性オピオイドの関与が挙げられる。オピオイドとはケシの実から取れる麻薬物質の事で、アヘン、モルヒネなどが有名。脳や脊髄の中も同様の効果を持つ物質があり、これを内因性オピオイド(エンドルフィン、エンケファリン、他)と呼んでいる。カイロプラクティックの機械的受容器への刺激は、中脳内の青斑核巨大ニューロンをを刺激し、脳と脊髄に広がる軸索を通じてエンケイファリンを放出し、これにより疼痛が抑制される。これは擬似侵害性刺激に対する自己麻酔効果と言える。同様に、内因性オピオイドが関与する苦痛からの回避作用として、ランナーズ・ハイが有名である。

ところが実際にどの程度の痛みが、どの程度軽減されるのか。と言う基本的な問題を明確にした文献は少なく、これもまた術者の感による所が大きい。科学的効果としてゲートコントロール等の疼痛抑制理論を持ち出すのであれば、再現性というのは非常に重要な概念である。再現性がないのであれば、有効な理論体系とは言えない。カイロプラクティック業界においても、その施術効果を“未科学”としてあいまいなまま現在に至っているが、だからと言って術前後に何の検査も行わなくても良い理由にはならない。確かに、施術適応範囲であれば、カイロプラクティックにて、患者の抱える問題の多くは取り除かれるだろう。しかし、単に治った,治らなかったと言う、曖昧な主観的評価のみでは無く、ROMなどの客観的評価を記録して行く事が重要だと考える。
再現性が無い施術であれば、過去何年経験を積もうが、何の役にも立たない。再現性のある検査を行い、その検査結果が改善される施術方法を考え、実施する。その中で経験が構築され、経験測である程度の判断と予想が出来るようになる。評価基準(再現性)無しに施術も経験も成り立たないのである。モーション・パルペーション等は、その結果に術者側の主観が大きく関与し、再現性が低いと言う事は周知の事実である。他の徒手検査も同様に、患者さん側の主観を無視し、物として捉えておきながら、術者の主観を優先させているものが多い。これは問題である。

現在カイロプラクティックは人工降雨機状態にある。
「雨が降ったら私のおかげ。降らなかったら天気が悪い」
それを打破しようと、様々な検査機器が開発され、商品化されている。しかしこれらの検査器はどれも高額で手が届かないのが現実である。また患者さんにとって重要な要素である「痛み」を評価するものは少ない。実際に我々の所に来院される患者さんの多くは、「痛み」を訴えて来院される方が圧倒的に多いのではないだろうか。確かに痛みとは主観であり、主観を計測する機械は存在しない。現在痛みを数値化出来るものとしては、ペインスケール類以外には存在しないのが現状だ。しかし、この痛みの数値化は、痛みを抱える患者さんにとっては、治療効果を知る上で、他の検査よりも信頼性の高い、実際的な検査方法と言える。しかし問題は、痛みの強弱を自分で数値として表現するのは難しいと言う点がある。

そこで考えた。痛覚線維の伝達が、カイロプラクティック施術によって神経学的に抑制されるのであれば、圧痛低下を数値化して評価する事で、疼痛抑制の判断基準と成り得るのではないだろうか。それが圧痛計による計測方法である。これは術者の主観(思い込みや、押圧力操作)を出来るだけ排除し、患者さん側の主観を数値化し評価出来る検査方法と言える。患者さん側の主観を評価すると言う事は、患者さんの身体を“物”ではなく、“人”として判断していると言える。これはカイロプラクティックの基本的思想にも通じる。

圧痛計による痛みの管理は、カイロプラクティックの神経学的効果証明の明確な材料と成り、再現性のある施術方法確立のきっかけと成り得るように思う。

圧痛計に関して】
圧痛を検査する道具が“圧痛計”である。構造的には非常に単純なものであるはずなのに、需要が無いが故か、硬度計と同様に圧痛計も非常に高価だ。単に興味本位だけで購入出来るような代物では無い。

 

tap1 そんな中、単純に「測定する」と言う機能のみしか無いが、安価な圧痛計がある。
京都疼痛研究所製のFinger Pressure Meter(FP計)である。
更に圧痛を研究している人達に鍼灸師が多くいる。彼らの研究を見てみると圧痛検査に「デジタルフォースゲージ」を使っている事が解る。FP計でも問題無いのだが、細かい数値を求めると、デジタルフォースゲージが欲しくなる。
しかしデジタル機器では、最高計測値に余裕のある型を選択すべきだと思う。何故かと言えば、計測セルが簡単に故障してしまうからだ(経験談)。更に計測機器構造は単純であれば単純なほど良いだろう。その意味も含めて最終的には今田製作所の「メカニカルフォースゲージ FB-50N」を選択した。FP計では詳細数値があまりにもアバウトになりやすい。しかし、このFB-50Nであれば最小単位を0.5N(0.05kg)で計測出来る。


例によって以下作成中
【圧痛覚閾値低下の要因を考える】
痛覚受容器は侵害受容器と呼ばれているが、その本体は自由神経終末である。この感覚を伝える神経線維はⅢ(Aδ)、Ⅳ(C)線維になる。Ⅲ(Aδ)線維は強い圧迫などの機械的侵害受容に応じ、刺激が加えられてからの反応が早く、局在的で鋭痛を伝えるとされている。Ⅳ(C)線維は機械、熱、科学的など全ての侵害受容に反応し、刺激が加えれてからの反応が遅く、痛みの持続性が長い。また局在性に欠け、刺激を受けた部位から周辺に広がる傾向にある。つまり急性期にはAδ線維を介して鋭い痛みが伝達され、慢性期にはC線維を介して鈍い痛みが伝達される。

ゲートコントロール理論では、Aβ線維への刺激が、Aδ線維、C線維の伝達を後角にて抑制すると考える。しかし、痛みを伝えるAδ線維、C線維が障害を受けると、脊髄後角にて通常触覚を伝達するAβ線維と、痛みを伝達する神経との間に、エファプスと言う新たな枝が出来る事が証明されている。これにより、触れるなどの刺激がAβ線維から痛覚神経線維を介して、痛みとして伝達されてしまうのである。この触れただけでも痛みを感じるような状態を、神経障害性疼痛アロディニアと言う。
これは痛覚過敏(痛覚閾値低下)な状態ではなく、痛覚神経線維が働かなくなった為に、代償的に触覚線維(Aβ線維)が痛覚を伝えるようになった例である。

加えられた刺激は、脊髄へ向うと同時に、脊髄を介さずに、軸索にて反射弓のように逆行し、C線維末梢終末へ伝わる。ここでサプスタンスPやCGRPを分泌し、これが血管を拡張させる。この反射を軸索反射と言う。これにより血液中の水分が組織を腫脹させ、血管拡張が発赤を発生し、周辺は痛みの閾値低下が引き起こる。これが末梢性の痛覚過敏の一端である。

更にC線維による持続的興奮は、脊髄後角の表層に分布する神経細胞の機能異常を招き、末梢からの入力が無くなっても、痛みのインパルスを発射するようになる。これをwind-up現象と言う。急性期に組織が損傷し、その後組織が回復したにも関わらず、痛みが持続する慢性痛などは、wind-up現象が関与していると思われる。

実際的なアプローチを考えた場合、問題となるのは、アロディニアであるのか、それともwind-up現象なのか、はたまた他の要因による痛覚閾値低下なのかを知る方法である。どの神経線維性から伝達された痛みなのかを判別する機械がある。
http://www.nms-net.com/products/me/210183.htm
この機械はAδ線維、C線維を刺激する波長(250ヘルツと5ヘルツと、)、Aβ線維を刺激する波長(2000ヘルツ)を使い分ける事で、どの神経線維が障害を受けているのかを知ることが出来る。しかし、この機械を用いなくても、痛みの検査は出来る。

アロディニアに関しては、クリップを伸ばした針と、綿花、アイスパックがあればある程度の判定は出来る。クリップで突ついて痛覚、アイスパックでの温度覚に左右差が見られないのに、綿花での触覚にて痛みを感じるようであれば、Aβ線維⇒エファプス⇒二次性痛覚ニューロンによる痛みである。つまりアロディニアと考えられる。カイロプラクティックの臨床では比較的珍しい部類の痛みである。

wind-upであれば、二次性ニューロン以降の疼痛伝達と考えられるので、触覚刺激によるゲートコントロールは効かない。つまり軽擦、テーピング等の末梢からのゲートコントロールには反応を示さない。疼痛誘発テスト陰性となる痛みは、wind-up現象と考える事が出来る。この種の痛みは臨床的に思い当る例が多い。