筋硬度に関する研究

筋硬度に関する研究

著者:aneero
*一応著作権ってものが発生するらしい。せこいようですが、引用する場合は当方の了解が必要となります。

【はじめに】
<筋硬度に関して>
我々は臨床的に「筋肉が硬い」と表現するが、それがどの程度硬いものなのかを明確に出来ていないのが現状である。つまりその筋・筋膜への押圧に対する硬さとは、術者の感覚のみで表現されるものであり、再評価や再現性が乏しく、患者の身体状態を表現する方法としては適切では無いと言える。にも関わらず、単に硬いとされる筋・筋膜を弛緩させるための施術が日常的に行われているのも事実である。

血圧、心拍数、体温等に個人差がある。平均値と言うのはあるが、個人によってそのバラツキがあるのは間違い無い。同様に患者さんを押圧した時に感じる硬度にも、個人差があって当然と言える。硬い人もいれば、柔らかい人もいるのだ。しかし、治療家は他の患者さんとの比較によってその人の軟部組織硬度を判断している。例として10人硬度の低い患者さんを施術した後に、少し硬度の高い患者Aさんを施術すると、とても硬いと感じる。しかし、そのAさんより硬度の高い患者さんを10人施術した後には、Aさんの体は柔らかいと感じるはずだ。それだけ人の感覚はあいまいなものなのだ。

gra この図を見てもらえば、私達が信じて疑わない視覚と言う“感覚(主観)”でさえ、いかにあいまいな物であるかが解りる。真中の帯びは右側の方が濃いように見えるが、上下を覆い隠すと均一な濃度だと言う事が解る。
私は術者の感覚を否定している訳ではない。しかし対比する事により、その感覚は狂い易いと言う事を言いたいのだ。臨床上頻繁に出てくる施術効果の表現に正確性が無い、または間違っているとなると、これは問題である。その為にも筋骨格系を扱う者にとって、筋硬度の客観的評価方法確立が必要と考える。

以前から当サイト内でこの筋硬度に関する問題提議をしており、この考えに賛同して下さる治療家は多く、問合せも沢山頂いた。それだけ日常的に使われているのが
「筋肉が硬い」
と言う表現なのだろう。しかし、私達はどの程度硬いのか、また、施術によってどの程度柔らかくなったのかを明確に示す事が出来きない。もっと考えるなら、術後本当に柔らかくなったのだろうか。通常の治療院で、これをしっかりと証明する方法は無い。全て感覚(主観)でしかないのだ。

客観的に測定する方法は無いものかと模索している中、私はデューロメーター形式の硬度計を利用して筋を含めた軟部組織硬度を測定してみようと考えた。しかし、現実的には検査機械はとても高価であり、日常的に簡単かつ安易に計測するのはとても困難である。一般的な筋硬度計には以下のようなものが挙げられる。

そこで、ラジコンタイヤ用の硬度計を流用することを思いついた。これならば、安価で正確な硬度が計測出来る。選択した硬度計は、MAXMOD製のタイヤ硬度計である。この硬度計は、Durometerと言われるタイプの硬度計で、このDurometerで得られる硬さ測定値に、単位はない。つまり個々のDurometerの荷重スプリングの硬さによって、数値が違うと言うことになる。上記検索で見つけられる「PEK-1」もDurometer形式と想像出来るが、PEK-1を手にした事が無いのではっきりとした事は言えない。
duro1
デュロメータ
MAXMOD
MAXMOD 硬度計

しかし、実際に使用した結果大きな問題点が生じた。このタイプの硬度計では、押圧強度によって誤差が生じ易く、測定数値にも製品個体差があったのだ

。現在ラジコンタイヤ硬度計を扱うトライオール社と共に、この点を改善した治療家用の硬度計を開発中である。

【筋硬度計の開発】

neutone1 筋硬度計

D.D.パーマーによる
「神経トーンの不均衡がサブラクセイションを引き起こす」
との名言では、サブラクセイションは結果であって、原因では無いと言う事になる。神経トーンの不均衡により、椎骨周辺の筋トーヌスに不均衡が発生し、椎骨を変位させる。その不随意的筋緊張はγ運動ニューロンによって調整されている。つまり
「筋肉の硬さを見ると言う事は、神経トーンを見ている」
事になる。そこで
Neuro-toneを検出する」
と言う発想が産まれる。そこからついた名前が
NEUTONE」
である。筋硬度計を介して、神経トーンの不均衡を知る事ができる。そして神経トーンの不均衡は、サブラクセイション存在の可能性を示している。

(現在メーカーによる試作品作成段階に来ています。)
←完成予想図ではこんな感じ。

この硬度計により、具体的かつ客観的な数値として筋・筋膜の硬さを表すことが出来る。本ページでは今後、以下の内容に対して研究して行こうと考えている。
1,筋の様々な状態での硬度計測
2,サブラクセイションと筋硬度との関係
3,筋硬度と身体柔軟性の関係
4,
施術別筋硬度変化の測定

【筋硬度推論】
そもそも「筋は何故硬くなるのか」について私の考えを言及していなかった。これはミクロレベルでの構造で説明可能だろう。
1.筋が収縮した場合⇒運動神経興奮による筋硬度上昇
運動ニューロン興奮により、アクチン、ミオシンの滑走により筋線維密度が増し、筋硬度が上昇する。
2.筋がストレッチされた場合⇒姿勢変化に伴う筋硬度上昇
筋が収縮せずとも、筋がストレッチされる事により、筋膜が伸張しピンッと張った状態となる。これにより筋硬度は上昇する。
3.筋の血流が増加した場合⇒血流量上昇による筋硬度上昇
運動等により、筋に酸素を供給する為に血流量が上昇し、通常使用されていない毛細血管等にも血液が流れ、これがポンプアップ現象となり筋膜内圧が上昇し、筋硬度が上昇する。

その他筋組織損傷に伴い、筋小胞体の膜構造の崩壊によりカルシウムイオン遊離し筋が収縮してしまったり、損傷した筋組織回復過程において瘢痕組織が形成された場合、部分的に筋硬度の高い箇所が見られる場合もあるだろう。


施術別筋硬度変化の測定
当方のページを見て、筋硬度に興味を持って頂いた方が、PEK-1にて調査した結果を教えてくれた。
Y氏の投稿2002年調査結果
「各種治療前後の測定値」
計測器:PEK-1(井元製作所)

50人程の肩井(第7頚椎と肩峰の中間あたり)の硬度をターゲットにした測定では、触診と一致する妥当性を感じさせる数値が出た。
即ち、触診で柔らかい人は数値が低く、硬い人は数値が高く出た。これに関しての例外は一例も出なかった。
*PEK-1による計測で、硬度50~72の間で、58~60前後が標準(同じ部位を3回計測)

参考計測結果

治療項目 治療測定部位 治療前(3回計測) 時間 治療後(3回計測) 評価
入浴 左肩井 (55.58.54) ゆっくり入浴 (60.56.61) 無効
キネシオ 右肩井 (59.57.57) 一晩貼付 (63.61.59) 無効
揉捏 右上腕2頭筋 (54.55.57) 20分 (51.54.54) やや有効
揉捏 右大腿直筋下部 (64.66.65) 20分 (61.62.61) やや有効
軽擦 左大腿直筋中央部 (61.60.59) 20分 (55.55.56) 有効
マッサージ器 右大腿直筋中央部 (59.61.59) 20分 (58.60.60) 無効
吸角 左肩井 (59.56.57) 20分 (60.60.59) 無効
左菱形筋 (63.61.59) 20分 (69.67.72) 無効
フットアンポ 左大腿直筋遠位部 (66.67.66) 20分 (63.65.67) 無効
干渉波 L4/5脊柱右3cm (62.57.59) 10分 (57.58.53) 不明
L4/5脊柱右3cm (51.52.54) 10分 (53.55.56) 無効
超音波 L4/5脊柱右3cm (57.58.53) 3分 (53.54.54) やや有効
L4/5脊柱右3cm (53.55.56) 3分 (39.42.41) 有効
L4/5脊柱右3cm (60.58.59) 3分 (60.62.62) 無効
L4/5脊柱右3cm (45.45.42) 3分 (44.44.43) 無効
L4/5脊柱右3cm (53.56.55) 3分 (53.55.55) 無効
右肩井 (38.39.39) 3分 (33.27.28) 有効
左肩井 (40.41.42) 3分 (42.43.43) 無効
左肩井 (54.57.55) 3分 (53.55.53) 無効

治療後測定による結果を考察すると、治療直後は血流が良くなり、筋の内圧が上がり、筋硬度測定値が高くなる可能性がある。上記のY氏の調査には頭が下がる。
彼の実験結果から考えると、遅・速筋線維等の個人差があるように、筋硬度にも個人差があり、我々の触診はその個人差を触知する事は出来る。しかし、一般的な血流改善を目的とするような、マッサージ等の手技では、施術後に血流が上昇し、筋内圧が上がる為、筋硬度は上がって当然である。よって、患部の血流が改善したのなら、術後に“柔らかくなりました”等の表現は不適切と言える。
しかし、筋硬度が低下している例もある。これに注目すると、これらの刺激が、ゴルジ腱器官に働きかけたり、筋紡錘を短縮させたり、疼痛による防衛反射的筋収縮を触覚刺激によってゲートコントロールした結果と考える。特に超音波による刺激と、軽擦による刺激はAβ線維を刺激し、ゲートコントロールが作動したものと考える事が出来る。揉捏による結果は、ゴルジ腱器官、筋紡錘、筋膜への関与が考えられるだろう。

被験者の状況詳細が解らないのが残念だが、この結果だけを見れば、軽擦、超音波、揉捏に筋硬度を低下させる効果があると言える。しかし、それが治療効果に繋がるとは決して言えないのも事実。術後に筋硬度が上昇している施術は、血流が改善している証拠と考えると、これにより疲労物質を拡散、分解し、損傷箇所に栄養分を供給する事が出来るだろう。これにより、結果的には数時間後に筋硬度が低下している可能性もあるのだ。

日常的な表現としての「筋肉が硬い」とは、その実これほど複雑であり、その内容を熟考もせずに、施術効果の表現方法として安易に用いている事を、我々は反省しなければならない。筋硬度の研究は、まだまだ深く考えて行く必要がある。