仕方なく考える神経学


■仕方なく考える神経学(筋紡錘にまつわるaneeroなりの考え)

まずは簡易神経配線図(クリック)を出しましょう。この配線図も手製なので、間違っている箇所が多々あるかと思います。気づいた方はそっと教えて下さい(笑)。

【錐体路って?】
基本的には随意運動に関係する経路。運動野内運動ニューロン軸索から発し,内包(線条体と視床の間)を通り,延髄腹側で錐体を形成する8割の線維はここで交叉し,外側皮質脊髄路を下行し脊髄内運動ニューロンに結合する.

残りは前(腹側)皮質脊髄路を下行したのち交叉し,脊髄運動ニューロンに結合するこれら2つを皮質脊髄路と呼ぶ。
他に皮質延髄路も含めて錐体路と呼ぶ。

【錐体外路ってどんなの?】
基本的には不随意運動に関係する経路で、姿勢および運動に不随意的に関与して、様々な反射を起す。
●赤核脊髄路
赤核脊髄路は対側の屈筋にEPSP(興奮性シナプス後電位)を,伸筋にはIPSP(抑制性シナプス後電位)を生じ,屈筋反射を促進する.
●網様体脊髄路
橋の網様体脊髄路は同側下肢伸筋を興奮させ,屈筋を抑制することにより、伸張反射を促進させる.
●視蓋脊髄路
視覚、聴覚からの入力により、頭部、体幹、体肢などの位置姿勢を調整する。
●前庭脊髄路
延髄からの前庭脊髄路も伸張反射を促進させる.また,歩行や咀嚼などのリズム運動を発生する神経機構を持つ.脳幹網様体は筋の緊張,協調運動に関与している.脳幹が中脳―橋間で切断された状態では,抗重力筋の緊張が亢進し,反弓緊張(opistnotonus)が起こる.この状態を除脳拘縮といい,脳幹網様体の促進系と抑制系の平衡が崩れたためである.このとき,γループを介して運動ニューロンの興奮性は高まっている.後根の切断により消失する.

【α運動ニューロンがどうした!】
脊髄、脳幹で起始して骨格筋に停止する。このαNの興奮によって骨格筋が収縮する。
一個のαNは枝分かれし、数本から1.000本以上の筋線維を支配する。これはその筋によって差があり、細かい動きを必要とする部位では数本の筋線維を支配し、大雑把な動きに関与する部位では支配する筋線維の数が多い。
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【筋紡錘って何?】
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骨格筋には錘外線維と錘内線維があり、錘内線維が紡錘状をしている事から筋紡錘と言われている。大抵の錘外筋も紡錘状だけどね。骨格筋が伸張されると、錘内線維にある受容器が1a求心性線維活動を増加させる。すると脊髄前角にあるαNを興奮させ、同筋を収縮させる。
・伸張⇒筋紡錘興奮⇒1a興奮⇒αN興奮⇒筋収縮
この一連の機能を反射弓と呼ぶ。その結果、骨格筋が短縮されると、筋紡錘が弛緩する。すると1a求心性線維活動を停止させ、それに伴うαNの活動も停止し、もとの筋長に戻る。
・短縮⇒筋紡錘弛緩⇒1a活動停止⇒αN活動停止これらは伸張反射として、神経学検査に応用されている。
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膝蓋腱を殴打する事で、筋紡錘が伸張され、反射弓を介して同筋を収縮させる。つまり、一定の筋長を維持するための自己防衛センサー的に働いているのが筋紡錘である。

【γ運動ニューロンって何様だ!】
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αNに対して、錘内線維の両端を収縮させるのがγNの役割である。
上記のように伸張時に筋紡錘は刺激を受けている。この時、随意的な指令によってαN、γNが興奮したとする。γNが錘内線維を収縮させると、筋紡錘内受容器を興奮させ1a活動が非常に強いものとなる。これは初動作負荷運動などで、最大伸張時に強い負荷に対して爆発的な筋収縮をさせる要因となる。
筋が収縮すると、筋紡錘が弛緩するので、通常ならば1a活動は停止する。筋収縮の為の発火装置が一つ失われた状態となる。ところが随意的収縮はαNと共に、γNを興奮させ続けるので、筋紡錘は緊張し続ける事が出来る。これにより持続的に筋を収縮させる事が可能となる。
γNとは、その興奮により、筋紡錘の伸張に対する閾値を低下させ、感度を高めてくれる役割を果している。よって、γN亢進している筋への腱反射テストの結果は、亢進となる。逆にγN抑制された筋への腱反射テストは、消失、または弱と出る。

【抑制って何が?】
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1a線維の興奮は、同筋のαNを興奮させると同時に、拮抗筋αNを抑制する。
筋紡錘だけでなく、腱にもセンサーがある。それが腱紡錘やゴルジ腱器官と言われるものだ。腱が伸張される事によって興奮し、1b求心性線維が活性化させ、脊髄内にて抑制介在Nを興奮させ、同筋へのαNを抑制し、筋緊張が弱まる。mmt3<スタティック・ストレッチング>
単なるストレッチングを考えると、
①,腱紡錘を興奮させる⇒1b線維興奮⇒αN抑制
②,筋紡錘も興奮さる⇒1a線維興奮⇒αN興奮
1b線維の閾値が1a線維よりも低いとすると筋線維は弛緩する。<MET,PNFストレッチ>
ストレッチング状態からの等尺性収縮は、錘外筋を短縮し腱を伸張する事になる。
①,錘外筋の短縮は筋紡錘を弛緩させ⇒1a線維活動低下⇒αNは興奮しない
②,腱紡錘が刺激され⇒1b線維興奮⇒αN抑制
これはスタティック・ストレッチング時よりも腱を伸張するので、1b活動は活性化され、より強いαN抑制が期待出来る。
③,最大限の収縮は過度に収縮した筋を弛緩させる機能が働く。これはレンショウ細胞と言われる介在性ニューロンを興奮させ、αNを抑制するために筋が弛緩する。
ただ、問題は随意的収縮はγ線維をも興奮させると言う事。γN興奮は筋紡錘を伸張し、1a線維を興奮させる。するとこのMET系テクニックは主に「③」の効果を利用した弛緩方法と思われる。

そこでこんな筋弛緩方法が考えられる。
<起始停止テクニック>
以前からあるテクニック。筋の起始停止部にコンタクトし、互いに引き離す方向へ押圧しながらストレッチを加える。これは腱を伸張し1b線維を興奮させ筋を弛緩させるテクニックと言える。

<拮抗筋への等張性収縮運動(拮抗筋を使ったMET)>
主動筋の収縮にはαNが興奮されると同時に、拮抗筋に対して抑制介在ニーロンを介してαNを制御させる。

<カウンターストレイン>
「3.γ運動ニューロンって何様だ!」の右図のような状態で、スタティック・ストレッチングを行った場合、筋紡錘が更に伸張され、αNを更に興奮させる。この場合、筋紡錘を弛緩させるように関節を屈曲位に持って行くようにする。すると筋紡錘の興奮がおさまり、ゆっくりと元の状態に戻す事で筋緊張から開放される。
これと同様に筋腱移行部の両端に接触して、それを短縮させる方向へ押圧をかける方法がある。これも筋紡錘を受動的に弛緩させる方法である。

<こんなのどう?aneero風 αIT(α-fiber Inhibition Technique)>
じゃあ、αNを抑制する方法を全部取り混ぜてストレッチングが出来ないものなのか?って事で考えてみました。
①,まずはその筋が最大に弛緩出来る姿位にします。⇒筋紡錘弛緩
②,次に筋腱移行部の両端に接触して、それを短縮させる方向へ押圧をかけます。⇒筋紡錘更に弛緩
③,次に拮抗筋に抵抗を加えながら等張性運動を行います。⇒拮抗反射により主動筋αN抑制
④,主動筋が伸張出来る範囲まで等張性運動を行う。⇒主動筋の腱が伸張され、腱紡錘が興奮しαNを抑制
これなら筋紡錘を興奮させる要素が無いので緊張した筋を効果的に弛緩出来るのではないでしょうか?このテクニックを
「αIT」
と名付けました。実施する場合は患者さんに
「○○さん。これから“αIT”行いますからね。」
と明言して下さい。

【KT氏によるAK-MMT方法解説】
MMTの種類
①神経学検査でよく使われる検査
検者が先に力を加え、患者がこれに抵抗する。検者は抵抗を感じれる共に被検筋も触診する。
神経障害などで筋が収縮できない場合の検査に適してる。
②一般的な筋力検査で錘内筋の作用を含めた錘外筋の筋力を診るのに適してる方法。
患者に被検筋の等張運動をさせながら抵抗を感じとる。
③カイロプラクティック独特の方法で錘内筋の作用を診るのに適してる方法
被検筋が等尺運動から等張運動に変わるその瞬間に、被検筋が充分収縮し関節がロックできるかどうか診る方法。各検査ではそれぞれ使い分ければいいと思ってます。それで③についての方法と手順
①患者に筋力検査の注意を伝える。(眼の向き、開眼、呼吸など)
②正しい肢位をとらせ、動筋を共同筋からできるだけ分離する。
③患者に押圧する方向を伝える。
④患者にテストであって、力比べではないので、単に押圧に対して抵抗して肢位を保持する
ように伝える。(これがかなりのポイントだと思います。)
⑤検者の間接手で患者を充分安定させる。
⑥患者に合図をしないで押圧を加える。(検者が先に力を入れ、その後患者が力を入れる。)
⑦押圧を加えながら、筋反応(筋反射)を評価する。注意点 
検者が加える力の方向(ベクトル)は正しく行う
結果を期待しない
固定筋が安定してるかどうか考慮に入れる。
検者の直接手、間接手は間接部や外傷のある部位にはコンタクトしない。
左右を比較する。
トリックモーションに注意する。
検者の力は漸増漸減で行う。
速度は遅すぎないように注意する。
スイッチングに注意する。
圧力を一定にする。
患者が痛みを我慢してないか確認する。
患者が呼吸を止めてないか確認する。
患者が眼を動かしたり、閉眼してないか確認する。
歯を食いしばって頑張って力を入れてないか確認する。
手を患者自身の身体に接触してないか確認する。

【aneeroなりのTL解釈】
一つの可能性として

サブラクセイションに接触すると何故MMTが向上するのか
サブラクセイションが発生している関節周辺は、侵害受容器を刺激している可能性がある。これは痛みとして感知出来る程度のものから、感知出来ない違和感的なものもあるかもしれない。この刺激は脊髄を上行し大脳皮質感覚野へ投射する。ここから2つの考えが浮かぶ。1,侵害受容器からの大脳皮質感覚野入力により、随意運動系出力を抑制(運動αニューロン抑制)するのではないだろうか?だからMMTが低下する。
2,侵害受容器からの大脳皮質感覚野入力により、筋紡錘機能を低下(運動γニューロン抑制)するのではないだろうか?だからMMTが低下する。そのサブラクセイション部に接触する事で、触圧覚が刺激される。この触圧覚は太くて伝達速度の速い有髄神経である。この事により侵害受容器の伝達が制御される(メルザック&ウォール)。これが筋収縮力を回復させる、つまりMMT向上するのではないだろうか?では、逆にTLによってMMT↓となる機序としては、コンタクトにより侵害受容器への刺激がアップし、その情報がαニューロンまたはγニューロンを抑制し、筋収縮力を低下させているのではないか?

【AK-MMTのなんでだろう?】
■フィードフォワード運動制御における“内部モデル”の問題
まず初めに運動に関する理論をいくつか考えてみる。
<γmodel>
運動指令はγ運動ニューロンに与えられる。
運動指令→γ運動ニューロン活動→筋紡錐→緊張性伸張反射(tonic steretch reflex:TSR)→α運動ニューロン活動→筋張力の発生→運動
問題としては、緊張性伸張反射(TSR)からの反応により錘外筋を収縮させる事を考えると、素早い運動には不向きで、TSRからのα運動N興奮が、強い負荷に対して筋を強く収縮させるほどの機能を持ち合わせていないのも事実である。<α-γmodel>
運動指令はα・γ運動ニューロン同時に与えられる。γmodelでの問題点である、素早い運動への遅れを補う為に考えられた理論である。

運動指令 γ運動ニューロン活動→筋紡錐→緊張性伸張反射(tonic steretch reflex:TSR)→α運動ニューロン活動 筋張力の発生 運動
α運動ニューロン活動

問題としては、私の現在の知識では良くわからないのだが、これもγループが筋長を強く保持出来る事とする考えを元とする理論であるようなので、TSRからのα運動N興奮が、筋を強く収縮させるほどの機能を持ち合わせていない事実を考えると問題がある。ただ、短縮性収縮時に筋紡錘が短縮し、TSRの閾値低下を防止する機能として、α、γ同時に活動するであろうとは考えられる。

<αmodel>
サルの実験で脊髄後根を切断しても、随意運動が可能であった事から、運動にはγ系TSRは関与せずに、α運動N制御によって行われると考える理論である。
関節位置が屈筋と伸筋のα運動ニューロンの活動性(屈筋張力と伸筋張力とのつりあい)によって制御される。と考えられている。
問題としては、実際の運動では拮抗筋は弛緩しており、拮抗筋張力のつりあいによって関節位置が決定しているとは言えない。この理論は後根切断等の特殊な状況下において見られる現象と思われる。

<λmodel>
中枢指令は緊張性伸張反射(TSR)の機構全体に送られる。TSR機構はすべての末梢受容器の反射情報を受け取る。λmodelでは筋長、張力、筋活動、求心情報いずれもが制御において重要な役割をはたしている。こららから得られた結果を差引計算してαNを興奮させていると言う考え。

これらの運動に関する考えからすれば、中枢からの指令とともに、様々な情報がTSRに入力し、その差引の結果として筋を収縮させると考えるのが妥当に思えるが、現在反射は、中枢での運動制御に関する計算の一翼を担っているのみとし、筋活動の主翼として考える反射理論は床下にしまわれつつある。運動の巧妙さや素早さは、小脳にて学習した内容が内部モデルとなって、素早い動作を可能としているようだ。実際の運動時には状況に応じて仮想した情報との誤差を感知し、更に小脳内部モデルの修正を行う。
この素早い運動を考えるには、意識の問題を忘れていては何も説明することが出来ない

【基準となる反応速度の問題】
<ユーザーイリュージョンによる意識の考え>
被験者の頭皮に電極をつけて、電気活動を計測する事で脳の活動状況を診るEEGにて計測した結果に基づいての検証結果となっている。

いろんな実験を各学者さん達が行っているのだが、結果としては
準備電位(-0.5)→意識(-0.2)→行動
と言う所だ。カッコ内は行動前までの時間。つまり行動の0.2秒前に意識が起こり、実はそれ以前の行動0.5秒前には意識すら出来ない準備電位ってのが発生しているらしい。

で、面白いのが脳に直接電気刺激を与えると、その刺激を意識するまでには0.5秒かかる。これは人間の脳外手術中に実際に実験された結果だ。で、ここからが面白いのだけど、脳に刺激を与えてから0.4秒後に皮膚に刺激を与えた。当然皮膚からの刺激も幾つかのニューロン活動を介する訳だから、意識するまでには同様の時間がかかるだろうと言う予想だったのだが、これが違った!
皮膚への刺激は脳を直接刺激したよりもぜんぜん早く、0.1秒以前にて意識する事が出来るらしい。つまりこの実験では脳への刺激よりも後に刺激した皮膚への刺激のほうが先に意識出来た。
脳そのものへの直の刺激が0.5後に意識されるのに、皮膚刺激は刺激を受けた直後に意識されるのである!スゴイね。
このトリックには視床が関係していたのだが・・・

刺激を受けると0.02秒後に<誘発電位>ってのが発生する。この0.5秒後に意識される。実はこれは変わらないらしい。つまり皮膚の刺激も実際には0.5秒後に意識しているらしいのだ。ところが視床を経由する際に、感覚皮質へ投射されるのと同様に、意識的経験が時間をさかのぼって投影されるらしい。どこまでさかのぼるかと言うと、<誘発電位>が現れた時点まで。つまり刺激の0.02秒後。
この結果0.5秒遅れて認識しているのに、今チクリと刺されたように感じるのだそうな。つまりは外的刺激にはいつ意識したかでは無く、いつ刺されたを知りたいのであって、感覚皮質への直接刺激などと言う、不自然な状態には、時間をさかのぼる機能は無いと言う事。
「経験する前から経験していたように経験する」これは脳が私達を騙しているって事になる

これで脳への刺激と皮膚への刺激を同時に行っても、皮膚への刺激のほうが先に感じられるのである。
脳への直接刺激--0.02秒誘発電位---→0.5秒後意識
皮膚への刺激 --0.02秒誘発電位---→0.5秒後意識→0.02秒後に感じたと認識する。
これもちゃんと検証していて、今度は直接視床に刺激を与えた実験をした。しっかりと0.02秒後に意識すると言う結果が得られている。

この辺の理論に対してもペンローズあたりは反論しているらしいが、詳しくはわからん。調べてくれ。

で、面白いのがこの<誘発電位>。つまりは動かそうと思う以前にきっちりと<誘発電位>が発生している。これは動かすと言う事が自分の意思では無いと言う事になる自分の意思以前に<誘発電位>=“衝動”が発生しているのである。我々はその衝動に従って行動しているのだ。言い変えれば、俺は俺自身の意思で動いているのではないって事になる。涌きあがってくる<誘発電位>=“衝動”とは何か?我々に自由意思は無いのか?

と考えると何かに支配されているSFを想像してしまうが、実際は刺激による反応と考える事が出来る。
画鋲に座ってしまった事を思い出すと、反応に0.5秒などかからない。まず飛びあがり、それからようやく後を振り返って考える時間が出来る。つまり考える前に行動しているのである。この辺は疼痛回避のための屈曲反射あたりで説明がつく。つまり脊髄で反回して反応。その刺激後0.5秒遅れて脳で認識する。しかし視床にて画鋲が刺さった直後に感じたように細工される。痛かったから自分でケツを上げたのでは無い。考える前にケツを上げていたのだ

これは反射になるが、自由意思についても面白い事が書かれている。動かそうと思う以前に、脳が活動(<誘発電位>)しているのだから、動かそうと思っている事はその人の意思では無い。しかし!もう一度考えると我々の意思で行動を選択している可能性が残る。つまりは
準備電位→0.5秒後意識→0.2秒後行動
なので<準備電位>後に意識にて行動を中止出来るだろうと言うのである。これもEEGにて計測済みなのだが、行動を起そうとして途中で止めた状態にも、<誘発電位>は発生していた。つまりは実際には認識されない衝動を、自由意思にて抑制出来るのだ。と言う事は
「我々は自発的に行為を起すのではなく、無意識から送り込まれてくる提案を選別、却下する事で行為を行っている」
のである。もっと簡単にaneero式に考えれば、
「意識とは衝動のブレーキでしか無い」
のである。ブレーキをかけない衝動のみが意識された行動となる。
脳をパソコンに例えると1100万ビットの感覚情報から10~50万ビットの意識を産み出し、その過程の痕跡を消す。これを0.5秒でこなしているらしい。しかもその集約された10~50万ビットの意識の中には、1100万ビットを表す地図の役割を果たしている。すげえパソコンだ。

宗教思想の比較が出てくるが、これも面白い。
キリスト教は
「してはならない行為は、実際にしなくても、想像するだけで罪となる」
がユダヤ教は
「殺してはならない、盗んではならない等の禁止的物言いで行いを説く」
好みの別れる所ではあるが、つまりキリスト教は、隣で酒井若菜が裸で寝ているのを見て欲情する私を罪人とする。
私自身には抑えることの出来ない衝動発現をするな!と言う矛盾がキリスト教である。意識以前のものを、どうにか出来はしない。無理を言うな!
では、ユダヤ教には問題点が無いのか?・・・ある。
行動さえしなければ良いのか?という点にある。つまり“意識は遅れる”のであるから、次々と涌きあがってくる憎しみの感情や抑制しきれない場合があるだろう。それが自覚できない“素振り”となって無意識下の行動(意識のスキをかいくぐった行動)として現れるだろう。人は言動だけでなく、場の雰囲気、つまりこの場合、私が酒井若菜を抱きたいと思う感情がアフォーダンスしているのを相手は感じ取るだろう。言動は抑えたつもりでも、目がギラギラと輝くのである。

意識できないものが無意識であるなら、無意識の存在を気づきようが無いと考えるのが当然であるかのうように思うが、上記のように無意識に涌きあがる欲望や衝動を抑制する際に己の意思との対立が生じ、無意識を認める事が出来る。つまり悪魔と天使が戦っている図を想像すると解りやすい。子悪魔が衝動で、天使が意識である。意識が悪魔だったりする時には無意識を意識する事は出来ない。天使による禁止プロセスを発動させる時にはじめて、自分の意識以外の存在を確認出来るのである。

この意識による禁止プロセスは不快を生じる。とすると気分の良い時に主導権を握っているのは衝動であり、不快な時に主導権を握っているのは自由意思である事になる。不快な時だけ自由意思ってのはどうにも切ない。気分の良い時には自由意思は無いのだろうか?

本では意識を<私>としている。そして無意識を含めた己全体を<自分>としている。

ストップ!
あなたの左手はどの位置にありますか?

その位置はあなたの意思によってそこに置かれたのですか?

答えは簡単。無意識にそこに置かれたのだ。こうして考えると日常の中で意識が関与しない行為の多い事に気づくかと思われる。これはかなり複雑な動作や計算、演奏なども無意識で行われている。

「事故でとっさに受身を取った」
などは考える前に行っているのである。しかもその状況を冷静に見ている自分が居たりする。【ヤバイ、事故った。ウワ、こける。】などを考えている<私>が居たりするものだ。良く死ぬ間際の走馬灯のようにって奴に近い。第3者が見ればそれは一瞬であるのに長い時間を要したような感覚。
これは考えているのが<私>であり、受身を取ったのが<自分>である。通常<私>は<自分>の存在には気づかないし、認め様ともしない。そして<私>は<私>が自身の全てであると信じている。しかし、<私>は0.5秒遅れているのだ。
意識(<私>)以前に<自分>が存在し、<私>は<自分>の中の一部でしか過ぎないのだ。
本文にあるが、言い変えれば、<私>は風と天気に翻弄される、意思を持たぬ一片の流木、それも「進路を決めているのは私だ!」としきりに自分に言い聞かせている流木なのだ。

では我々には自由意思が無いのか?

この本の前書きの文がそれを語っている
「歴史を研究してみればわかるとおり、今日私たちが意識と呼んでいる現象が見られるようになってから、せいぜい3000年しか過ぎていない。中枢にあって「経験する者」、意志決定する者、意識ある〈私〉という概念が幅を利かせてきたのは、たかだかここ100世代のことなのだ。本書は数々の科学的経験に基づいているのだが、そうした経験から判断すると、意識ある自我の支配が今後も延々と何世代にもわたって続くことは、おそらくないだろう。 〈私〉の時代の幕切れは近い。」

行動のプロセスを起すのは人間の意思では無い。無意識だ。決めるのは本人だが、決める力を持っているのはその人の<私>では無い。<自分>なのだ。
つまり
「人には自由意思はあるが、それを持っているのは<私>では無い。<自分>である。」
大きな<自分>の中の小さな<私>でしか無いのだ。そのクセ<私>は<自分>が行ったものを<私>が行ったものと勘違いする。ケツに画鋲が刺さった時に<自分>が飛びあがったにも関わらず、あたかも0.5秒後の<私>が飛びあがらせたのだ、と勘違いしているのだ。

あ~解り難いな。つまりは無意識に涌き上がった衝動や行動とて、自由意思と言えるのだ!!

「不快から快」といえば操体だが、この理論から言えば衝動に任せる行為は全て操体となる。
不快は自由意思であり、快は衝動と言う事になる。そして快時には人は考えていない。そこに意識は無いのである。人為的にこの無意識を作り出すには、スピードが重要な要素となる。例の0.5秒。これ以前に行動しなくてはならない状況に身を置けば良い。その典型がスポーツや格闘技だ。格闘技の世界においては0.5秒など命取りになる場合がある。相手のパンチを意識してから避けていたのでは間に合わないのである。つまり無意識に避ける。打つ。これが格闘技である。これは不快から快への立派な操体となる。自由に踊る創作ダンスや電話中に無意識にメモ用紙に落書きを行う動作。これは不快から快への操体であろう。

つまり操体とは<自分>を認め、開放する行為と言える。こんな事に気づいた橋本センセってのはエライ!

我々は服を着ている事を意識していない。だが、一端皮膚に触れている衣服を意識するとその感覚が涌きあがってくる。痛みも同様だ。熱中したスポーツ後にケガをしていた。なんてのは結構ある。それまではケガの存在にすら気づかなかったのに、ケガを意識してしまうと痛くてしかたない。
意識をコントロールする事によって痛みをコントロール出来るのだろう。では
「意識とは何か」
その正体に迫る!

ものスゴイスピードのパンチを避ける。避けた後に意識する。そして意識は勘違いする。
「オレってスゴイ。あのパンチを避けた」
って思う。実際は<自分>が何かの刺激に反応して避けただけなのに。<私>の力だと勘違いしてしまう。これらは学習によって獲得した反応である。繰返し繰り返し<私>が練習する事で記憶したものだ。それがある刺激をきっかけに<自分>が行うのである。<私>は後からついてくる。またはまったく意識できない場合もある。

観客は信じられない。外観していて
「よけろ!」
と思う前にリング上のボクサーは避けているのである。

日常の動作はこの繰返しかもしれない。我々は無意識に生活しているのである。自転車に乗ってる時。歩いている時。マッサージしている時。肩を挙げようとしている時、行為と意識とは一致しない場合がある。私では無い自分がいる事実。

マスキングの実験
2種類のフラッシュを被験者に見せることによって引き起こされる。明るいフラッシュと弱いフラッシュを続けさまにみせる事で、弱いフラッシュに気づかない。弱いフラッシュを先に見せた場合でも同様である。そこでマスクされた刺激に対して反応出来るかを調べた。結果は出来た。人は意識に上がらない刺激に反応出来る。これは刺激がきわめて短ければ、意識にはまったく上がらないが、それでも人はその刺激に反応すると言う事である。
つまり何に反応したのか解らないまま、行動に影響しているのだ。日常において、我々は0.5以下の意識出来ない刺激を受け、それに反応し動いているの時間が殆どなのかもしれない。キックやパンチのコンビネーションなどの複雑な運動に関しても同様だ。
「運動反応のほぼ全て、そして、その他の運動行動の多くは、引金となる刺激が意識的に知覚される前に起こっているにちがいない。その上そうした刺激は、運動反応は引き起こしても、意識的に知覚されるに足るニューロン活動レベルには達していないかもしれない。」

これは自分の行いを全て自分の意思で行っていると考えていた人にとってはとても恐怖を感じるだろう。
車の運転が自分の意識以前の反応によって行われているのだ。寝たまま運転しているような感覚だ。思い返せばこれは恐い。

しかし、無意識は安全に事を行う。時に意識下の行動のほうが、失敗を産む。しなくて良い失敗の多くは意識下に多く発生する。サッカーでも飛んで来たボールを何も考えずにそのままゴールに蹴れば良いのだが、柳沢のように考える時間が出来てしまうと、失敗してしまうのだ。
ボクサーがパンチを避けれるのは、絶え間無い努力のたまものである。考える前に身体が動かせるようになるまで、必死に練習しているのである。

AK-MMTは無意識を見ている。抵抗を加えられてからの瞬間的な反応は、意識下では行えない。この考えで言えば、
「AK-MMTは術者の抵抗に対して0.5秒以内での反応」
と定義する事が出来る。では無意識を見ているとは何か?もちろん、それは運動反応である。
「意識する前に行動する」
為には脊髄反射以外は、以前意識下で繰返し反復した運動を、神経伝達システムが無意識下レベルまで行えるように構築されたものだけである。ここでやっと【内部モデル】が出るが、素早い無意識での行動とは小脳の内部モデルにて構築された運動プログラムと言える。つまり
「内部モデルでのフィードフォワード運動=無意識での運動」
と考える事が出来る。つまり・・・
AK-MMTは小脳に構築された【内部モデル】を見ているのである。よってAK-MMTは小脳の機能を検査していると言える。

MMTにてカチッと止まる為には、MMTを行う筋が過去にMMTのような動作の運動を行ってきたかどうかに依存している。これは学習によって小脳に構築された運動と言う事だ。
ではカチッ止まれなくなくなる理由は何であろうか?
意識の話で言うなら、検者の不意な動きの発動(刺激)から0.5秒以内に止まれなくなる原因は、意識が運動を制御している場合がある。しかし、このような単純な運動は数回行う事で無意識下で行えるレベルにまで達するかもしれない。数回のMMTで0.5秒以内に反応出来るようになる可能性があると言う事である。このように、術前術後でMMTの反応スピードが向上する可能性は意識でも説明がつく。他にカチッと止まれなくなる原因は何か?それは意識が過剰に前面に出ている場合である。意識が無意識を抑制している状態。何故そこまでに意識過剰となるのか?それは侵害受容器への刺激が引金となっているかもしれないし、サブラクセイションが意識過剰にさせているのかもしれないし、治療の雰囲気が意識過剰にさせているのかもしれない。
MMT陽性は意識優位になっている事には違い無いのだが、何故無意識機能が働かないのかについてはこれから考える。

aneeroなりに導き出した
「AK-MMTは術者の抵抗に対して0.5秒以内での反応」
は一つの基準となる可能性を秘めている!それより遅い反応は陽性。これはリベット氏の脳へ直接と皮膚刺激からのEEGの反応により証明されている。

参考:
・「生理学」 医歯薬出版株式会社
・「Neuro-Rehabilitation 神経リハビリテーション」 http://www.bekkoame.ne.jp/~domen/neurorehamenu.html
・「新生理学<Qシリーズ>」 http://bme.ahs.kitasato-u.ac.jp:8080/docs/qrs/phy/index.html
何か問題ある場合はご連絡下さい。訂正します。
ユーザーイリュージョン―意識という幻想」意識という幻想 紀伊国屋書店 4800円