当院の考えるカイロプラクティックとは

■カイロプラクティックは何を目的とするのか

カイロプラクティックの発祥当時は、中枢からのイネイトインテリジェンス(先天的治癒力)は神経を通して送られる、との考えが前程にあり、神経経路の中でも椎骨間は狭小部となりやすいので、椎骨のズレが椎間孔を狭める事によって、イネイトインテリジェンスがが阻害され、各組織や機能に支障をきたす、とされていました。そこで当時の考えは

「関節のズレをサブラクセイションとし、これを矯正する事を目的」

としていました。カイロプラクティック創始者の息子はこの考えを発展させ、脳幹にイネイトが存在すると考え、脊柱に発生する椎骨ズレの原因や、病気などは、この脳幹が圧迫される事が原因で発生すると言う考えに至りました。この考えのカイロプラクターの施術は、たとえ腰痛であっても、頚椎1、2番のみを施術します。現在でもこの理論の元に、施術を行っているカイロプラクターは沢山います。

椎骨のズレと言う概念は、一般の方にとって、とても解りやすい説明と言えます。実際にレントゲン像で、部分的な骨のズレを確認出来ますし、レントゲンを使わなくても、誰の目でも簡単にズレを確認しやすい場所もあります。しかし、この“関節のズレを修復する”と考えると、施術後のレントゲン写真で、ズレが改善されていなければなりません。しかし実際には、このズレが短期的に術前後で修正されている事が確認出来る写真は非常に少なく、この理論自体を否定する結果となっています。更にはレントゲン撮影時の微妙な角度のズレが、映った画像にズレを表示する、や、椎骨は単独での回旋、側屈は有り得ない、との考えもあり、近年では関節のズレを修復すると言う概念は、否定的に考えられています。

そこで数十年前からは、関節のズレよりも、その可動性を重要視する考えが台頭してきました。この考えと共に、動的触診(モーションパルペーション)が、カイロプラクティック診断の中でも重要な位置づけとなり、矯正も矯正音には拘らずに、椎骨可動性回復をアジャスト成功の評価基準とする考えに発展しました。しかし、このモーションパルペーションも術者による診断の差や、その再現性に問題が発生し、非科学的との批判を浴びる結果となってしまいました。

そして現在もてはやされているのが、カイロプラクティック神経学です。カイロプラクティック独特の手技は、関節周辺の靭帯、筋肉等に分布している知覚受容器(神経の末端)を刺激し、過剰であったり過小であったりする神経機能を回復させる、と言う考えです。筋も内蔵も身体組織全ては、神経によってコントロールされていますので、これら神経系の機能亢進や低下は、支配組織に様々な影響を及ぼす、と考えるのは納得の行くところです。

構造、力学的可動性、神経生理機能と、その施術目的を変えてきましたが、現在でも構造的改善を主張する派や、可動性回復を主張する派、または、これらをミックスした考えを主張する派などがあります。

このように、時代ごとにその主張をコロコロと変化させてい行く様は、日進月歩で発達している科学を無視出来ないが故の事だと思います。古のカイロプラクティック理論をそのまま絶対的なものとし、その後判明した科学的事実に目を向けないのであれば、大衆には受け入れられないでしょう。科学を無視し、一部の信者のみが集う形態は、宗教と言わざるを得ないと思います。宗教団体が治療類似行為を行うのは良くある事で、彼ら独自の死の概念が問題になる事件を目にする事も多々あります。我々はその際に、一般的な死の概念との違いに、異質なものを感じ、拒絶的感情を抱いてしまうのが普通です。同様に、カイロプラクティックの人間や疾患に対する考えも、一般的な概念、つまり科学的な概念とかけ離れてしまっては、これ以上世間に受け入れられる事は無いでしょう。

しかし、宗教団体の行った治療行為で“奇跡的な回復をした”と言う話を聞く事があります。残念ながら、私にはこのような施術を受けた経験が無く、それが真実なのか、それとも情報操作されたものなのかは解りません。これが事実だとして、その事を“偶然”と解決してしまっては、もったい無い話です。何が効果的だったのか、その事を考える必要があるでしょう。

そこでプラシボ(偽薬)の存在を考えてみます。

イェール大学医学部のラルフ・ホルビッツらは、1990年の医学専門誌「ランセット」に、2175名の患者を対象者にして行った臨床実験の結果を発表しました。心臓発作治療で使われる、ベーターブロッカー剤<プロプラノロール>と言う心臓の動きを滑らかにし、狭心症、不整脈などを治療する薬の実験を行ったのです。内容は

1.服用規定量の75%以上の薬量をきちんと定期的に飲んだ群

2.不定期に規定量の75%以下しか飲まなかった群

3.<プロプラノロール>の代りに砂糖をカプセルに入れたもの(プラシボ)を薬として渡し、きちんと定期的に飲んだ群

4..<プロプラノロール>の代りに砂糖をカプセルに入れたものを薬として渡し、不期的にしか飲まなかった群

で死亡率を調べました。結果は

プロプラノロール群 プラシボ群
定期的 1.4% 2.0%
不定期 4.2% 7.0%

この結果から注目すべき点は、プロプラノロール定期群は不定期群の1/3の死亡率である事・・・ではなく、プラシボ定期群の死亡率は、同不定期群の1/3以下であると言う事実と、プロプラノロール不定期群の1/2以下であると言う点です。プロプラノロール、プラシボを比較すると、プロプラノロールのほうが死亡率を引き下げる事が出来ています。これはその薬効成分のおかげであると思いますが、プラシボ定期群の死亡率の低さを無視する事は出来ません。

このようなプラシボによる効果を示した文献は、インターネット検索で簡単に見つける事が出来ます。プラシボの存在と効果を知らなかった方からすれば、それは驚くほどの内容が示されています。

宗教団体の治療は、この力を利用していると考えられますが、昔から“名医”や“腕が良い”と言われる治療家、医師は、意識、無意識に関わらず、この力を使っていると思われます。心の問題が身体に与える影響は非常に大きく、実際的な治療とは、心を含めて身体を診る事が大切かと思います。しかし、倫理的にはプラシボは騙す、気のせいとされ、このプラシボを排除して薬を作成、治療法を考えるようになりました。

ここで疑問が生じます。プラシボはいけない事なのでしょうか?ある疾患に対して、有効な薬や治療法が確立されているのであれば、それを使うべきでしょう。しかし、はっきりした原因、絶対的な治療法が確立されていないのであれば、プラシボを使用しても良いのでは無いでしょうか。日常感じる腰痛や、肩こりなどはその原因すら不明瞭なままです。そしてこれらの疾患に対して、現代医学的治療はどれだけの効果を挙げているのでしょうか。腰痛、肩こりで、整形外科を受診し、診断と治療に疑問と疑念を抱いた方は少なくないでしょう。

逆に負のプラシボと言う問題を考えてみましょう。

ブードゥー死と言う現象があります。ブードゥー教という宗教があり、この呪詛によって人を殺す事が出来るそうです。呪詛を絶対的な力とする概念を持った民族、団体の元では、断定的な死の宣告は、それを受けたものにとっては、極度な精神的ストレスとなり、身体の機能を阻害するのでしょう。同様に現代医学が医療の頂点となっている社会においては、ガン患者への宣告等は、慎重に行わなければなりません。各種検査結果から導き出された内容が、絶望的な宣告である場合、それはブードゥー死と同様に、負のプラシボとなり、回復への力を減退させる結果となります。

これまでの内容から

「身体に現れた疾患は、構造的問題や、動力学的問題、神経学的亢進や低下等の問題、そして心理的な問題を統合した結果現れたもの」

と考えられます。この他にも、身体や感覚に影響を及ぼすものとして、生活環境の違いや、社会的な影響、これまでの経験、摂取した栄養などがあります。つまり疾患とは、全一的なものではなく、完全なる個の問題と考える必要があるでしょう。と考えるなら、薬の量は年齢や体重等で割り切れるものではなく、その個人によって変化するべきものであると言えます。更にその個人に必要な薬の成分とて、特異的なものでなければならず、私とあなたが飲む薬の名前と量が同じであったり、腰痛にも肩こりにも同様の薬が処方されるのは、おかしいと言えます。実際に現役バリバリの水泳選手と、40歳の女性が、整形外科院にて同じ牽引機械で、同じ時間、同じ強度で牽引されているのを見ると、閉口してしまうのは私だけでしょうか。

では疾患を抱えた体に必要な薬の成分と量は、誰がどうやって決めるのでしょうか。

人間には自己治癒力と言うものがあります。これは誰でも生まれながらに持っている力です。体内に細菌、ウィルスが侵入したとき、白血球がこれを食べ滅ぼしたり、病原体に応じた抗体を作ったり、病原体に侵された細胞の増殖を抑えようとします。ケガをしたとき、そこが治るのは薬や包帯、ガーゼの類ではなく、血小板が血を固め出血を止め、その後,死んだ細胞やばい菌等と白血球が戦い、その残骸が膿となります。よって膿は白血球が戦ってくれた証と言えます。そして傷口をくっつけようと線維芽細胞が集まり,最後に表皮細胞が傷口をふさぎます。

この一連の操作は、傷の具合によって自動的に、そして的確に行われます。この自己治癒力なくして、手術からの回復もないでしょうし、まして生きて行くことすら出来ないでしょう。この生きて行く力、回復する為の力である自己治癒力こそ、あなたにとって一番有能なドクターなのです。医師も、バンソウコウも、薬も、手術も、そしてカイロプラクティックも、あなたの自己治癒力を補助しているだけに過ぎません。

この自己治癒力は構造的問題、動力学的問題、神経学的問題、心理的問題、他問題にそれぞれ対応する事でしょう。しかし、人間の自己治癒力による回復能力は無限ではありません。切り傷とて限度を超えれば、死に至ることもあります。そこで他力を借りる必要が出てきます。切り傷等ではばい菌の侵入と出血を防止するために、消毒したり、縫合したりします。同様に腰痛等の痛みの原因から回復する際、構造的問題、動力学的問題、神経学的問題がそれを阻害している場合、カイロプラクティックではアジャストメントを行います。アジャストメントは悪い環境に適応してしまった分節、またはいくつかの椎骨を、元の状態にリセットする事が出来ます。アジャストメントは短縮してしまった靭帯を伸ばし、陰圧が強まった関節包を開き、筋の固有受容器を刺激し筋緊張を解除し、脳機能を賦活します。これにより腰痛等からの自然な自己治癒回復過程を促進する事が出来ます。

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参考
「心の潜在力 プラシーボの効果」 広瀬弘忠 朝日選書