カイロプラクティック唯物論


■カイロプラクティックの独自性
もともとカイロプラクティックは病気や疾患の根源を探し求め、その問題にアプローチする事を基本としている。

創始者は根源的な原因として、“イネイトインテリジェンスの阻害”を掲げた。その息子はさらにその先にユニバーサルインテリジェンスの存在を示した。更にその息子は、イネイトインテリジェンス(“先天的知能”“先天的治癒力”等と訳される力は、誰もが生まれながらに備わっている)は、ユニーバサルインテリジェンス(“宇宙知能”“大宇宙の法則”)によって支配されていると定義つけた。

良くも悪くもこの2つのキーワードが、科学を柱として考える内外の人々に敬遠され、今日においてもカイロプラクティックが非科学的と批判される原因となっている。しかしながら、この2つのインテリジェンスの提示はカイロプラクティック独特の主張であり、他の類似手技施術法との決定的な違いであるとも言える。他の類似する高速スラスト手技が外観的にカイロに類似して見えたとしても、このイネイトインテリジェンスを阻害するものとしてのサブラクセーションと、それを解除する方法のアジャストメントであれば、他類なき独自的なものであると言える。

イネイトへの批判的な意見に対抗する為に、これまで沢山の研究がなされてきたが、残念ながらこれら実体なきイネイトは、批判者達を納得させ得るだけの状況には至っていない。むしろカイロプラクター達はイネイトを追及する事によって、カイロそのものが疑似科学的と批判される事を懸念し、生体力学的効果や神経学的効果を主張してきた。

病気や疾患の根源を突き止めて、その問題を解消する事」がカイロの発祥要因であったのであるから、“根源的なもの”を探し求めて行く事は、その弟子達にとって当然の行為とも言える。その答えとして新興テクニックを提示して行く事は、カイロの発展と言う意味において一概に悪い事とは言えない。

しかし、カイロ独自の主張であるイネイト等の概念を放棄、更にはこれを否定し、創始者の発言を都合の良いように解釈し、カイロ効果の一側面である動力学的効果や神経生理学的効果を前面に押し出す考えは、果たして生命や健康という根源的なものに対する追求と言えるのだろうか。

どのような新興テクニックを使用したとしても、治癒過程には必ず自己治癒力の存在があり、これは生きている生命体にのみ与えられた力であると言う至極単純な前提がある。自己治癒力なくして治癒は無いのである。ならば生命とはどのようなものであるのか。治癒力とはどのような力の作用であるのか。この根源的なものこそ、全てのテクニック、いや全ての医療の上位に位置するものであり、カイロ全体を包括するものであると考える。新興テクニックが乱立する昨今だからこそ、多くのカイロプラクターは生命、治癒力と密接な関係にあるイネイトを、科学的、哲学的に考え探求する必要があるのではないだろうか。イネイトを効果的に引き出す方法、つまりテクニックの開発はその後でも遅くはないだろう。

では理想的なイネイト論とはどのようなものであろうか。カイロが誕生してから100年以上が経過しているが、今後も時代の経過に耐えうるようなカイロ定義としてのイネイト論が必要だ。その為には科学的検証に耐えうるようなものではならない。

■ユニバーサルインテリジェンス
イネイトの前に、ユニバーサルインテリジェンスについて考えなくてはならない。何故なら、イネイトはユニバーサルインテリジェンスに支配されている事になっているからだ。これを考える事で、イネイトやカイロテクニック、サブラクセーション等に対する認識も深まる事になるだろう。

ユニバーサルインテリジェンスやイネイトと言えば、多くのカイロプラクターは観念論的概念と考えるが、何故唯物論的に考えないのであろうか。唯物論的に考える事でユニバ-サルインテリジェンスに否定的な者たちの固定概念を払拭し、ユニバーサルインテリジェンスの概念を受け入れる事が出来るようになるだろう。

ユニバーサルインテリジェンスとは大宇宙の法則と訳されている。逆に考えるなら宇宙の仕組みを考える事は、ユニバーサルインテリジェンスを考えている事に近似、または同義とみなす事が出来る。
宇宙を還元的に考えた場合、量子的な世界を無視する訳には行かない。原子構造における電子と陽子、電子と電子の間で働く力は電磁力だ。そして星と星、銀河の関係も電磁力が関与している(当然これだけではなく、重力等他の3つの力の存在が関与している)。つまり量子的な分子構造は、宇宙モデルと言う事が出来る。

量子から宇宙を考える必要性はこれだけではない。銀河の観測により、宇宙が年々膨張している事が明らかになり、この事はるか以前には銀河間が近接していた事を示し、さらに時間をさかのぼれば、宇宙は1つに固まっていた事になり、その延長として宇宙の起源を量子的宇宙に求める事が出来るからだ(ビックバン論)。
哲学者デモクリトスは「万物はアトムからできている」と述べた。還元的に物を分解してゆき、これ以上分解できない最小単位がアトムであるとした。万物の起源(アルケー)を求める哲学の中で、「水」や「息」を起源とする考えよりも、より現代科学的な考えに近かったと言える。
現代では原子核と電子、そして原子核は陽子と中性子によって構成されている事が解っている。つまり現代ではアトムは最小単位を示すものではなくなっている。更にはその先に陽子、中性子がクォークから出来ている事が、ほぼ確実になっている。これら素粒子を見た者はいない。水素原子で1億分の1センチメートルとなっている。更に陽子や中性子は10兆分の1センチメートル、クォークや電子は陽子や中性子の1000分の1以下の大きさと言われている。見ると言う行為は、物に当たり反射した光を見ている。これら原子や素粒子は、物質そのものが小さすぎて高倍率の顕微鏡を使っても見ることは出来ない。

オカルトなものと同様に、実際に見ることは出来ないものなのだ。にも関わらず、我々はそれが存在している事を疑わないし、これら量子的な世界の理論を正しいと感じている。それは何故か。

科学はどんなに理論的概念で言及されていても、決して経験から遊離する事はない。理論と経験のバランスが取れているのである。様々な経験から仮説を構築し、それを実験等で検証する。これをしっかりと記録し、幾度も検証を重ねる。その結果新しく正しい考えが生まれる。そして新しく生まれた考えから、また新たな仮説が構築される。見事に経験と理論を融合しているのだ。経験だけでは普遍性や再現性に欠け、理論だけでは現実性に欠けるのである。

量子の研究もそれと同様に、いくつかの仮説を検証してきた結果現在に至る。金箔に電子を打ち込んで、原子構造を解明したり、加速器で陽子や電子をぶつけたりして得られた結果から「~~でなければ説明出来ない」や「~~であれば現象が説明出来る」から導き出されたものだ。そしてその理論を応用し、現在の生活に役立てられている。

科学的理論の中にはエーテル説のように後で間違いだったものもあるが、一定期間検証に耐えた科学理論は信用し、利用する価値がある。この事からも、オカルトや超能力等と、量子論との信頼性の差は明らかだ。
目に見る事の出来ない小さな粒子である陽子と中性子は非常に大きな力で結合している。この力を核力と言う。核を分離させる事により、この非常に大きな力をエネルギーとして利用しているのが、原子力発電や原子爆弾である。何の変哲も無い物質にこのような莫大なエネルギーがあるのだ。これを天才は

E=mc2

と説明した。Eはエネルギー、mは質量、cは光速である。
光速は一定であるので、質量の増加はエネルギーの増加を意味する。<br />物質を構成する為の核力、原子核と電子を結びつける電磁気力、陽子と電子とニュートリノとで中性子を構成する際の力、そして重力。これら4つの力のバランスによって物質と宇宙を構成されている。

そしてユニバーサルインテリジェンスとはこの宇宙を構成する4つの力とそのバランス状態を表現した言葉だと言える。

■イネイトインテリジェンス
ではイネイトインテリジェンスとは何か?自己治癒力?先天的知能?・・・。
結論から言うならば「生命」「生命力」と考えて間違い無いだろう。欠けた石にアジャストしても、破損した箇所を自己修復する事は無い。イネイトは生命体のみに存在するのであるから、既に死んでしまっている献体にアジャストしても治癒力は発生しないのである。その点でもカイロの有効性を従来の機械的方法論で証明する事の難しさがある。

しかし、イネイトインテリジェンス=生命とするなら「生命」とは何か。
1.外界の環境の変化に対して、自分を一定の状態に保つ(恒常性 homeostasis)。
2.物質を分解したり合成したりして、エネルギーを消費、移動または貯蓄する(代謝 metabolism)能力がある。
3.自分と同じものを作る(複製 replication)能力がある。
これら恒常性(ホメオタシス)、代謝(メタボリスム)、複製(レプリケイション)を行えるのも、全てこの宇宙を構成する4つの力(ユニバーサルインテリジェンス)によって成される。イネイト(=生命、生命力)により恒常性を保ち、代謝が正常化し、損傷組織の回復(複製:この場合子孫を残すと言う意味と、細胞分裂の意味がある)をもたらす訳である。

そしてカイロプラクティック・アジャストメントは、阻害されたイネイトインテリジェンス=生命を回復させる効果があると言える。しかしながらその作用機序に関しては、残念ながら未だ完全には解明されておらず、今後もアジャストメントとイネイトインテリジェンスの研究を続けて行く事は全てのカイロプラクターにとって責務である。

カイロプラクティックの観念的概念として捉えられてきたユニーバーサルインテリジェンスとイネイトインテリジェンス。実は唯物論的かつ現代科学的に極当たり前な概念である。これらを否定するならホーキンスやペンローズの考えも否定しなくてはならない。

しかしカイロプラクティック創始の時代にここまで考えていたかと思うと、両パーマーの先見性に驚くばかりである。