カイロプラクティックの歴史


カイロプラクティックの歴史


歴史って、本を読むとき真っ先に飛ばす所ですよね。僕はそうです。でもカイロプラクティックを理解して行こうとするには、やはり必要かも知れません。

とは言っても年表だのはどこのページでもやっているので、違った視点(理論等)から歴史を見てみます。公になっている文献を参考にしながらまとめてみますので、記載されている事項に間違いがあったとしても、それは発刊している方々のせいです(笑)。

カイロプラクティックの源流

人類最古の文書と言われるパピルス(B.C.2500~1500年)の中に、手を用いて背骨を刺激して病気を治療する術のことが記載されている・・・

昔のことですから、悪霊だのなんだのを取り除く儀式的な意味での行為なんだと思います。しかしながらその行為自体は、現代のカイロプラクティックや類似した脊柱刺激療法の手技と、それほど遠いものとは思えません。結局叩く、さする、押す、突く、捻る等しか種類が無いのですから。

 

ヒポクラテス(B.C.460~375年)は病気の原因を研究した。彼の医学書の中に、カイロプラティコス(手の医学)に関して多くの記載があり、骨格の異常によっていろいろな病気が生じることが述べられている。

「医学の父」と呼ばれる彼が、カイロプラティック的脊柱矯正術を考えていたと言うのは面白いですね。だって現代医学から嫌われているカイロプラクティックを、現代医学の基礎を作った人自身が構築していたなんて。なんて皮肉なんでしょう。現代医学もカイロプラクティックも源流は一緒なんですね。

A.D130に小アジアのPERGAMUMに生まれたGalen。彼の父であるNlconの理解のもとで、アレキサンドリア医学校に入学し、A.D158に故郷のPERGAMUMに帰り医者として迎えられた。その後、彼が32歳のときにローマに移り、最初のギリシャの医者として迎えられたのであるが、ローマ人は彼に対して良い印象をもってなかった。そのためギリシャの偉大な医者として証明する必要があった。
あるとき、患者の中に右腕の指2つのシビレを訴える患者があった。そこで、アレキサンドリア医学校時代に学んだことを思い出し、頚椎の神経がこの指を支配していることを思い付いた。そこでシビレている指を治療する変わりに脊髄神経が首がら出ている所を治療した。するとシビレが取れ、良い結果が出た。恐らく彼が頚椎をアジャストした最初の人だろう。

これって思いっきりカイロプラクティックです。たぶん頚椎6番か、胸椎1番あたりでしょう。私も該当する頚椎に問題が見つかれば、同じように施術するかと思います。でもこの時代にスゴイなと思います。

この後は暗雲の時代と言うか、オステオパシーの創始者であるA.T.スティル、カイロプラクティックの創始者であるD.D.パーマーが出てくるまで、脊柱に着眼した手技療法が日の目を浴びる事は無かったようです。しかしながら、家庭療法的には存在していたのでしょう。どの時代にも不思議な治療をやらかす者はいますので。

D.D.パーマーはある日、黒人のハービーリラードという召使の脊柱を触っていた,その時大きな隆起がある事に気づき、これを押してみたら大きな音と共に椎骨が動いた。17年も聞こえなかった耳が、その事によって聞こえるようになった。
その後磁気治療をしているときの患者であったサムエル・ウィード氏の娘の紹介で、サムエル・ウィード氏に会うことができた。そこで今までの事を説明した結果、このすばらしい治療学に名前を付けようという事になり、「手によってなされた」ということから、ギリシャ語に訳され「カイロプラクティック」という言葉が提案された。D.D.パーマーは「これはすばらしい名前だ」と賛成し、以後、カイロプラクティックと呼ぶことにした。この日が1895年9月18日でカイロプラクティックデーとして今日もその業績を称えている。

恐らく当時のアメリカです。黒人のハービーリラードには半強制的に治療を行ったのではないのでしょうか。この「背中」とされているアジャスした箇所は、実際には頚椎であったそうです。神経学的にも上位頚椎の可能性がかなり高いと思います。当時の医学常識では《頚椎が脱臼すると、身体にはシビレが出る》とされておりました。この為磁気治療の患者である白人には実験的治療は出来ません。そこで患者でもない召使の黒人に実験的治療を行ったのではないでしようか。

カイロプラクティック創始の話なので、美談的に扱われますが、さて、どうでしょうか?ファースト・アジャストメントが奇跡的な治療効果って言うのも、上手く出来すぎだと思います。口裏合わすように言われたのでは?と思ってしまいます。

さらに、カイロプラクティック自体がオステオパシーのパクリではないか?と言う意見もあります。1874年にA.T.スティルはオステオパシーを創始しています。そしてD.D.パーマーがファースト・アジャストメントを行う以前に、オステオパシーのセミナーに参加していたそうです。これはどう考えてもあやしい。理論体系等は違いますから、まあ良いのでしょうが。

 

初期のカイロプラクティック

カイロプラクティック」と名付けられてから2年後、1897年に最初のカイロプラクティックスクールを設立し、1898年には最初の生徒が入学した。

最近のDC(ドクター・オブ・カイロプラクティック)方もセミナーだの、学校で教鞭だのに関わっている方が多いです。カイロプラクターなら臨床していれば良いはずなのですが・・・臨床だけではなかなか余裕のある暮らしが出来ないって事だと思います。
他にも海外文献の翻訳(これはあまり美味しくないそうですが)だの、健康関連商品の販売などを行っている方々もおられます。この健康関連商品を購入した人の中には、泣きを見ている一般人もいるようですので、お気をつけ下さい。
「君もカイロプラクターになれる。とりあえずこの商品買って。」
って誘われたら、丁重にお断りしたほうが良いと思います。

しかし、カイロプラクティック生誕2年後に学校ですか・・・。商魂たくましいですね。

D.D.パーマーは自分の治療効果に次のような仮説を建てた。
「生命とは、身体の正常な緊張状態の1つの表現である。正常な緊張状態とは、正常の神経の緊張の度合いを言う。緊張状態は、健康なときに見られるように、種々の器官が正常な弾力性、活動性、活力、興奮性を持って働く事である。したがって病気の原因はこの緊張状態の変調にある。」

明らかにD.D.は19世紀初期の神経学者の影響を受けていた。それは彼の神経インパルスの考え方でも分かる。彼は脳に発生するインパルスが神経を振動波として伝わってゆくと考えた。もしこの振動波になんらかの影響があれば正常な機能に変調がおこり、病気がもたらされるはずである。彼は脊柱の重要性を次のように述べた。
「ずれた脊椎は圧迫と伸張により神経組織の収縮をまねく。正常より過大、あるいは過少の緊張は振動の増減に影響を与え、これはインパルスの大小の差となって現れる。」

これまた最近のカイロプラクティック神○学では、このD.D.の説で重要な
「脊柱の重要性」
を飛ばして
「(神経のトーンが)正常より過大、あるいは過少の緊張は振動の増減に影響を与え、これが各器官の変調を招き、結果として病変を引き起こす。」
としてしまうので、脊柱に特別扱いせずに四肢にアクチベーターと言うオモチャを当てて施術する方が増えています。脊柱を全く扱わないわけではありませんが、場合によっては触れずに終わる事もあるようです。

B.J.パーマーの活躍

B.J.は父のイネイト・インテリジェンスの考えを継承し、さらにそれはユニバーサル・インテリジェンス(宇宙知能)によって支配されている事を付け加えた。

当時も、そして現在もカイロプラクティックが医学の世界から白い目で見られる理由がコレです。そうです。イネイト・インテリジェンスとユニバーサル・インテリジェンスと言う生命観が、霊魂や精霊等の理論によって施術されていた時代を彷彿させるからです。ようは非科学的と言うわけです。

しかしながら・・・

「ユニバーサルインテリジェンスとは大宇宙の法則」
と訳されています。大宇宙の法則と言うと何だか壮大テーマを扱い、結局うやむやにしてしまいそうな感じを受けますが、これを現代科学的に考えると・・・

宇宙は4つの力の組み合わせによって構成されていると言われています。

1.物質を構成する為の核力
2.原子核と電子を結びつける電磁気力
3.陽子と電子とニュートリノとで中性子を構成する際の力
4.そして重力

これら4つの力のバランスによって物質と宇宙を構成されているそうです。つまりユニバーサルインテリジェンスとはこの4つの力とそのバランス状態を表現した言葉だと言えます。

そしてイネイト・インテリジェンスとは
「生命力」
を示しているのだと思います。
生命の定義とされるものに

1.外界の環境の変化に対して、自分を一定の状態に保つ(恒常性 homeostasis)。
2. 物質を分解したり合成したりして、エネルギーを消費、移動または貯蓄する(代謝 metabolism)能力がある。
3.自分と同じものを作る(複製 replication)能力がある。

とあります。これら恒常性(ホメオタシス)、代謝(メタボリスム)、複製(レプリケイション)を行えるのも、電磁気力等の力(ユニバーサルインテリジェンス)によって成されるわけです。
イネイト(=生命、生命力)により恒常性を保ち、代謝が正常化し、損傷組織の回復(複製:この場合子孫を残すと言う意味と、細胞分裂の意味がある)をもたらす訳で、(憶測ですが)創始者はそこまで考えて「イネイト」を定義したんじゃないでしょうか。何故なら現代と違い、「死」が身近に感じられる環境であったでしょうから、その逆の「生」についてもっと感覚的に理解出来ていたのではないかな?と思います。って「死の壁」をパクル。

生命の定義からするなら各細胞も「生命体」な訳で、イネイトが宿る事になります。未完成の前歯を臼歯の位置に移植すれば立派な臼歯になり、犬歯を前歯の位置に移植すれば前歯になってしまいます。(血流によって引き起こされる流動電流がその「場」にある細胞の遺伝子の発現の仕方に影響を与えるのであろう。って書かれてます)
あるべき「場」に導くのがアジャストメントなのかな?と最近考えたりします。

D.D.は主に一般操作的なテクニックを用いてきたが、B.J.は更に効果を上げるために、限局的で限定的なアジャストメントを考案した。これは後に神経解剖学的分布と内臓に及ぼす影響を示したメリック・システムに発展した。

その後さらに還元主義的にイネイトを阻害する箇所を探し出し、熟考の末頚椎1番と2番が全ての病気に関わる鍵とした。これがホール・イン・ワン・テクニックである。

他にもB.J.は1910年にレントゲンを導入しカイロプラクティックをもっと科学的に追求しようとしたり、1923年にはNeuro Calometer(ニューロカロメーター)を開発し、それを神経圧迫測定機としてパーマースクールに取り入れようとした。このような新しい試みをする度に、多くの教授や生徒から「カイロの哲学が無くなる」と反旗を翻し彼の元を去った事も事実である。しかしながら、この後ある一定期間はホール・イン・ワン・テクニックがカイロプラクティック・テクニックの主流となる。

1961年フロリダ州サラソタにある別荘でB.J.80歳の生涯を終える。

適当に持って「バキバキ」に対して、神経学的な支配領域を考えて該当する箇所にのみ「バキ」と言う、現代カイロプラクティックの基礎を築いたわけですね。研究熱心で、色々な道具や検査器機を開発していいたみたいです。

上記のようにB.J.には沢山の功績がありますが、その他にも反B.J.派との戦いにも勝ち続けましたし、精神疾患との関連を調べるために病院まで作っちゃったり、ミッド・ウエストで最大のテレビ、ラジオ局を持っていました。元大統領のレーガンも、以前この局のアナウンサーとして活躍していた事があったそうです。彼はビジネス面でも相当なヤリ手だったと言えます。

 

 

続く・・・

****参考書籍****
㈱科学新聞社出版
「パーマー系 カイロプラクティック」
塩川満章D.C.著

たにぐち書店 出版
カイロプラクティック概論
鈴木 正教著

The Evolution of Neurology and the concept of Chiropractic
Scott Haldeman,D.C.,M.D.Phd.著